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イノベーションを生み出す人事施策

  • 業種 病院・診療所・歯科
    介護福祉施設
    企業経営
  • 種別 レポート

イノベーションを生み出すためにダイバーシティを高める

昨今、「多様性の高い組織」や「ジェンダー・ダイバーシティ」など、組織の多様性を意識したマネジメントが求められています。国連の持続可能な開発目標である「SDGs」や「ESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス(企業統治)))経営」など、最近の流行の中でお題目のように掲げられていると感じていらっしゃる方もいるかもしれません。

しかし、経営・マネジメントの領域では「ダイバーシティ(多様性)がイノベーションを生み出す」という文脈で語られることが多いです。

多様な組織構成にすることで、組織内に多様な価値観、多様な見方(視野・視座・視点)、多様な意見が存在することになり、これらが新結合することで新たな発見としてのイノベーションが生まれるというロジックです。

日本ではイノベーションを「技術革新」と誤訳されることが多いですが、経営学的には異なるもの同士を結合させて新たなものを創出する「新結合」がイノベーションの真の意味です。

「ダイバーシティ(多様性)がイノベーションを生み出す」ことから「イノベーションを生み出すためにダイバーシティを高める」という潮流ができています。

人件費を10%増加させた場合、5年後にはPBRが13.8%増加

従来、こうした文脈は「理屈では分かるけど、現実には…」という反論もありました。

しかし、最近はこれを裏付けるデータも出てきています。

例えば、ファイナンスの世界で、「柳モデル」と呼ばれる理論が出てきています。これは、早稲田大学大学院客員教授の柳良平氏が提唱する考え方で、正式には「非財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデル」とされています。

柳氏は元エーザイCFO(最高財務責任者)として、エーザイのESG投資を説明するために、過去の人件費や研究開発投資、女性管理職比率などの各種指標と財務指標の相関を分析していました。

その結果、エーザイでは、人件費を10%増加させた場合、5年後にはPBR(株価純資産倍率)が13.8%増加するなど、財務的な影響が出たことを分析しています。

エーザイのESG経営の効果に関する実証研究結果

出所:DHBR2021年1月号 柳良平「ESGの『見えざる価値』を企業価値につなげる方法」
※PBR1倍とは株価と1株当たりの純資産額が等しく、もし会社が解散しても株主には株価と等しい資産が残るという点で株価の適正価格と言われている水準です。

この分析では、女性管理職比率や障がい者雇用比率などのダイバーシティに関する取り組みも、財務的な好影響を与える結果となっています。

最近では、エーザイ単体だけでなく、東京証券取引所に上場されているTOPIX100企業のデータをもとにした分析でも同様の結果が出ています。

TOPIX100企業をユニバースとする柳モデルの実証結果

出所:柳良平「CFOポリシー:財務・非財務戦略による価値創造」

その分析結果から、以下の内容が分かってきています。

  • 人件費は6年から9年遅延してPBRを高める効果を持つ。
  • 人件費投入を1割増加させることで、7年後にTOPIX100企業平均ではPBRが2.6%上昇する。
  • 研究開発費は6年から12年遅延してPBRを高める効果を持つ。

さらに、ジェンダー・ダイバーシティに関する以下の分析も出されています。

PBRとジェンダー・ダイバーシティの関係

出所:柳良平「CFOポリシー:財務・非財務戦略による価値創造」

上記の分析では、以下の内容が分かってきています。

  • 女性役員の有無とPBRの相関は有意ではない。
  • 女性管理職比率とPBRは有意な相関関係がある。
  • 同じ女性管理職比率であっても女性役員がいる企業の方がよりPBRが高い。

「見えない価値」とされてきた人的資本などの影響

このようにエーザイだけでなく、TOPIX100企業という母集団においても同様の分析となっています。その内容から、通称:柳モデルと呼ばれる以下の考え方を提示されています。

非財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデル(通称:柳モデル)

出所:柳良平「CFOポリシー:財務・非財務戦略による価値創造」

上場企業におけるPBRの1倍までは財務資本の影響、1倍を超える内容はこれまで「見えない価値」とされてきた人的資本など非財務資本(ESG)の影響があるという仮説です。

今回取り上げた柳モデルは、上場企業をベースにした研究です。そのため、非上場の中小企業や病院・介護施設などは別だと考えられるかもしれません。しかし、そのロジックは、非上場の中小企業や病院・介護施設なども活かせると思います。

経営の成長は、人の成長と資本の成長

弊社は会計事務所を母体としたコンサルティング会社です。これまでもP/L・B/Sなど会計学をもとに、経営やマネジメントのロジックを説明することも多々ありました。

しかし会計において、人件費は「費用」とされます。「人は費用でしかないのですか?」「人材は資産じゃないのですか?」などの質問をいただくこともありました。

一方、弊社では従来から、「経営の成長は、人の成長と資本の成長」と説明してきました。人の成長がP/Lの利益を創出し、P/Lの利益がB/Sの純資産を積み上げ、その結果としてB/Sが成長(拡大)します。

人件費や研究開発費などの中長期投資が将来の利益を創出し、それが資本の成長を積み上げて、持続的な経営の成長発展を実現することになります。

このロジックは、非上場の中小企業や病院・介護施設などでも有効です。それを立証する理論が出てきたことで、我々の知見の裏付けになったと感じています。

人の成長と資本の成長が両輪となって、経営が成長する

柳モデルで定量的に立証されつつあるように、人件費や研究開発投資を増やし、女性管理職比率や障がい者雇用比率などのダイバーシティを高めることで、企業価値は高まります。

人材の確保と、多様な働き方によるイノベーション

では、具体的にはどのようなことに取り組むべきでしょうか。

人件費の増加については、昨今の賃上げの流れを踏まえて「戦略的な賃金制度の見直し」が必要です。

また、ダイバーシティを高めるためには、多様な方が働き続けられる環境が必要です。

ちなみに弊社でも、2019年の働き方改革関連法の施行前後から、多様な働き方を受容できる人事制度として「複線型人事制度(コース別人事制度)」を提案するケースが増えています。育児・介護との両立コースや定年後再雇用のシニア人材活躍コース、さらには高度なスキルを身につけることで今まで以上にバリバリと働く高度専門人材コースなど、複数のコースを設ける人事制度です。

複線型人事制度のイメージ

こうした仕組みを整えることで、ダイバーシティを高め、イノベーションを起こしていくことが、経営には求められます。

そして、そのイノベーションを高次化させるために、人件費や研究開発費を持続的に高めていくことで、結果として顧客価値が高まり、企業価値も向上していきます。

かつては総額人件費管理という観点から、「人件費の抑制」のご相談が多く寄せられました。

しかし、今日では、15歳~64歳の生産年齢人口が急減する2040年問題を踏まえると、「賃上げによる人材確保」を戦略的に行うことが事業継続の上でも重要になってきます。

こうしたマクロ環境だけでなく、経営・財務の面でも、今回ご紹介したように、人件費の引き上げが好影響を与えることが示されてきています。

やはり、抜本的に人事制度への考え方・スタンスを変える時期にきていると思います。

弊社がこれまで提唱してきた「経営の成長は人の成長と資本の成長」に加えて、「イノベーションを生み出すためにダイバーシティを高める」を加えていくことで、持続的な成長発展を成し遂げるイノベーションを生み出す人事施策が実現できるのではないでしょうか。

経営機能を強化し、企業成長、業績向上に貢献する人事制度

本稿の執筆者

太田昇蔵(おおた しょうぞう)
株式会社日本経営 部長

総務省:経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー(「DXの取組」領域)。民間急性期病院の医事課を経て弊社に入社。医療情報システム導入支援を皮切りに業務を行い、東京支社勤務時には医療関連企業のマーケティング支援を経験。現在は、医師人事評価制度構築支援やBSCを活用した経営計画策定研修講師、役職者研修講師を行っている。2005年に西南学院大学大学院で修士(経営学)を取得後、2017年にグロービス経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。

株式会社日本経営

本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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